第09話-4

・・赤い

世界が赤い

視界が赤い?

目の前のモノが赤い?

目の前の・・「人らしきもの」が赤い・・?

目の前の「人」が赤い・・・・


右手にはべっとりと赤い液体がこびりついた、鋭利な刃物・・

何故か震えている左手を持ち上げ、自分の頬に手を当ててみると・・

そこにも、こびりつく赤い液体

鉄のような匂いがする

全身にこびりついている液体からは、その匂いが離れない


「・・ドコ・・?コレ何・・・?」


虚ろに半分だけ開かれていた「自分」の目がようやく開く

まともに目が覚めた頭で周囲を見渡すと・・赤いモノ、うっすらと映っていたその正体が判明する

鉄の匂い・・血だ、おびただしい量の血の匂い・・自分のモノではなく、目の前の人間の血・・


「自分」の頭がそれを理解するや否や、鉄の匂いは発酵したゴミや、合成繊維を焼いた時のものと同じになる

・・イヤな匂い・・


「・・ボク・・が殺したの・・・・!?」


・・「自分」の意識が事実を確認する

・・「メイ」は今自分の置かれている現状を驚くほど正確に、冷静に把握していた


鏡に映った自分の姿は、大きなリボンこそ変わらないがかなり小さな少女になっている

そしてその全身に、まるで大けがをしたかのように赤い血を被っている

・・右手には、鋭く尖った携帯式のダガーが握られている

倒れているのは、スーツ姿の男とエプロンの女・・夫婦のようだ

どこかで聞いた状況・・見たような記憶がある

いや、「記憶」の方は「封印してしまっていた」ハズだ。


「そ・・・んな・・・ヤダ、ヤダヤダ!!ボクがやったんじゃない、ボクは殺したくなんてないのにっ・・」


ぼろぼろと目から涙がこぼれてくる

顔に飛び散った返り血と混ざって、赤い涙が少女の頬を伝い、落ちる


「・・これが・・・ボクのおとうさんとおかあさん・・」


顔は、滅多刺しにされている・・どんな顔だったのかも分からない


「・・気持ち悪い・・ヤダ・・・こんなのヤダ・・・」


・・やりたくてやったんじゃない・・

そう自分に言い続けていると・・


・・とくん・・・


心臓の音が、一瞬だけ変わったように聞こえた

泣きじゃくる手を止めない彼女には、それが認識できない

しかし


・・どっ・・・


「・・・・・・・・」


二度目の鼓動の変化で、メイの目から光が失われる


・・あ・・・・・?


身体が勝手に動く、そんな感じがする

右手に握ったダガーの感触が、しっくりくるものになる

・・同時に、自分の内から、何かすさまじい感情がわき起こってくる


「・・・・ふふ・・・」


誰の笑い?

身体が勝手に、両親の死体に向かう

動けない・・いや、勝手に動かされているのに意識があるというのは、ヘンな感覚だ

できれば直視したくないその死体の前に立つと・・・

メイは、ダガーを勢いよく振り下ろした


・・ざぐっ・・・どすっ・・・・


段ボールをカッターで切る時の音、それのもっと重く響く音が何度も何度も、耳に入ってくる


「ひ・・・・!?」


怯えの混じった悲鳴が口から漏れるが、あくまでもメイの口から・・

今ダガーをひたすらに突き立てている、このメイの方ではない

・・楽しんでいる

この「メイ」は確かに、殺しという行動を楽しんで行っている

死体からの返り血を浴びて笑っていられるなど、並の精神ではあり得ない


「やめて・・」


目を閉じられない、もう一人のメイは・・そのメイの行動を同じ視点で見つめている事しかできない


「ヤダ・・・イヤぁ・・・・イヤだぁぁぁぁぁぁぁ!!!

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・・そうか。

深層意識に直接干渉するんだ、この光。

シュウは一時的にだが、外の光景と、自分に何かがささやきかけてくるような感覚にとらわれた

・・そして、全てが止まる

ロディ達と同様の、時間が止まったような状態になり・・・

自分の意識の中に、沈んでいく


「・・またか。」


シュウは私服で、日本の学校・・かつて通っていた、あの中学校・・いや、小学校にいた

・・天才天才と、オモチャのように扱われていたあの憂鬱な場所に。

ここにはハルカはいない・・

自分の事をヘタに誉めて、ヘタに友達のフリをしてくれ、彼を神格化する連中がいるだけ

・・うるさいな・・全く・・・


改めてこの場所、机に座っていると・・あの頃耐えていたのが、まるで人事のように思える

・・それほどまでに自由奔放なユニオンリバーは居心地が良かったのだろう、彼にとって


・・ともあれ厄介だなぁ・・どうやったら起きる事ができるんだろう?


シュウは一瞬にしてこの状況を分析する

深層心理に直接干渉するシステム、多分人の一番イヤな時間を思い出させて、自閉症のような状態に追い込み、「自滅」させるモノとでも考えるべきだろう

・・サイシステムのような精神強化兵器があるのだから、そういう精神攻撃兵器があっても不思議はない


「・・弱ったなぁ・・」


元々そう強くはないシュウ。

ロディ達がいないと、自分の考えがすぐマイナス方向を向いてしまうのはイヤという程理解していた


理解した所で、他の皆にコレを伝える手段もなにもないのだが・・

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・・息が上手く出来ない

妙な息苦しさで目を覚ましたセラ

・・大量の泡が視界を包んでいる・・細長い形状の、コレは・・「水槽」の中だろうか?

そして自分が衣服を付けていない事に気が付くまでに、少々の時間がいる


「?!・・!?」


慌てた拍子に、ごぼごぼと大きな泡が出てくる

水槽の中に満たされた液体はどうやら直接酸素を供給してくれるようで、息はできる

・・やや、息苦しい所があるが

両手両足は拘束されているらしく、全く身動きが取れない

・・というより、身体に上手く力が入らない

そして水槽の表面に映った自分の身体は、かなり幼く見える


・・わたし・・何で小さいの・・?


・・しばらくして入ってくる人影が二つ・・

仮面にマントを付けた男と、白衣の科学者らしき女性

何を話しているのかは聞こえないし、こちらも声を出す事が出来ない

・・女性の方は表情から会話の内容が少しは伺い知れるが、仮面の男は表情も何も、視線くらいしか感じる事はできない


・・数回の会話(?)の後、女性がセラの水槽の前にあるコンソールを操作し始めた

途端に、息苦しさが増し・・・


「!!・・・・」


・・やめて・・苦しい・・!!


声にならない声・・

・・いや、何かのロックがかけられているのだろうか、声は確かに出ているのに届かない・・


「・・フフ・・可愛い娘・・・」


口の動きから、女性がそう言っているのが理解できる

セラは窒息しそうな中で、なんとかそれを解読していく


「大丈夫よ・・すぐにお薬の時間だから」


右手にちくっ・・と小さな感触

それが、注射器の針だと理解するまでに数秒もない

水槽の中に入れられたその機材の、針の後ろには得体の知れない液体が・・

いや、もうそのような液体に浸けられている時点で遅いのかもしれないが

ぞくり、と背筋が寒くなって数瞬・・・


ずぶ・・と、針が動脈に刺さった


「・・っ~~~~う~・・・・!!」


外の女性にはセラの悲鳴も、よく聞こえないようだ


血液とも、体液とも違う液体が注入されて・・・

セラは、意識を失った


最後の瞬間に、女性ではなく・・その後ろで作業を見ていた、仮面の男の不敵な笑い声が聞こえてきた気がした

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ロディは、気が付くと夕日の沈みかけた見知らぬ大地に立っていた


「あ?・・・・俺・・確かエリクシルと戦って・・・」


何故か鮮明に思い出される光景、しかし倒したその後の記憶がない

それどころか、見覚えがないと思ったこの大地が・・実は見覚えのある、しかも一番印象深い場所である事を思い出す


「さぁ・・仕上げだローディス君」


聞き覚えのある声がする

・・確か、この声は・・・

お師匠!?・・・・あれ?どうしてお師匠が・・・


確かにロディに戦術を教えた師匠・・「ロン=マテリア」は、彼自身が「倒した」ハズだ

・・この今立っている大地、大異変で海に沈みつつある、ギアナ高地の一角で・・

目の前の、S.G制服の男は、穏やかな笑みを絶やさずに言う


「私を殺さなければ・・君の妹が命を失う事になる」

「!!」


思い出した

あの時・・

マテリア師匠は確かに、彼の最終試験のためにギアナ高地にロディを呼び出したハズだった

・・最終試験の内容が、彼を倒す・・「命を絶つ」という事だとは知らせずに


「・・セラを・・殺す?・・・・」

「ああ、君は私を越えなくてはならない、それは最初に約束したハズだが・・?」


・・「戦略研究家」の肩書きを持つ師、マテリア・・しかし、戦術だけでなく、あらゆる戦闘技術に精通した戦士としても名の知れた男である

数年間弟子として修練してきたロディだが、彼に鍛えられた身体能力はすでに人間のそれを越えようとしていた

マテリアはその彼の異常なまでのセンス、能力を見抜いて・・自分の命を賭けて、最後の修練を行おうとしていた

今だからこそ、こうしてそういう師の考えが伝わってくる


・・しかし、フィアを探す事でやっきになっていたロディは・・


「ふざけるなよ・・どうしてそこでセラの名前が出てくる!?」

「君が私相手に本気を出さなくては意味がないだろう?・・逃げ腰にならぬよう、ペナルティとして使うだけだ」

「お師匠!・・あんたなぁ・・!!」

「・・ルールは一つ、「相手を殺すまで戦う事」・・だ」


マテリアは有無を言わさず、懐にしまってあった拳銃を取り出す

ロディが考案した可変拳銃、レイノス「シリーズ」

もっとも、こんな偏屈銃を持っているのは世界広しといえどもこの二人・・ロディとマテリアだけだろう

全く同じに作られた中型拳銃、レイノス二丁

マテリアが抜きはなったレイノスに、ロディは無言で、自分のレイノスを交差させた

・・決闘の構えに入る


・・鳥の鳴き声が聞こえる


刹那・・・


「・・っ!!」


ロディの得物が、火を噴いた

・・恩師めがけて

しかしマテリアは笑みを絶やす事なく、余裕で身を翻す

それと同時に放たれたマテリアの一撃が、今度は今までロディのいた位置を通り抜ける

・・もうその場所に、ロディはいない

かがんで前に踏み込むロディ

レイノスの銃口はマテリアの脇腹に照準されている

だが・・マテリアのレイノスもまた、ロディの左腕を照準していた


どん・・


銃声は一つ、しかし実際に放たれた弾は複数・・

ロディの一撃は狙い通りマテリアの脇腹を「かすめて」

マテリアの一撃は狙い通りロディの左腕に「直撃した」


「ぐっ・・ぅぅぅぅっ・・!!」

「訓練のつもりか?・・・私は本気だと言っただろう!的確に急所を狙え!確実に殺せ!


マテリアはさらに二発、ロディの身体に直撃を見舞う


・・傷口になった場所から、とてつもない熱と、激痛がじわじわと感覚になって伝わってくる


「あ・・・っぐぅ・・・・」


歯を食いしばり、それに耐え、ロディは一層強くレイノスを握りしめた

懐から取り出した閃光弾を地面に叩きつけ、入る限りの力で大地を蹴って飛ぶ


「・・!」


背後は崖だ

マテリアは閃光弾の光が過ぎ去った後、ロディの飛んだ方向を見る

・・やはり、断崖絶壁・・落ちて助かるワケがない


「俺がどうしてあんたに弟子入りしたと思う!?」

「・・母親を探して、妹さん・・セラちゃんも合わせて二人を守っていく」

「その意志が変わらないウチは・・いや、変わる訳ねェから・・たとえお師匠でも俺は負けねェ!!


ロディは非常識な事に、「上」から現れた

下をのぞき込んでいたマテリアは、上を向く事もなく・・

ロディの一撃を、右肩に受けた


・・マテリアのレイノスが、静かに落ちる


「・・何故避けない!・・・本気でやるんだろうが!?」

「・・ハンデだ」


落ちたレイノスを、今度は左手で構えるマテリア

右手には肩から流れ出る血が、ぽたぽたと滴っている


「・・ちっ・・」


お互い片手が使えない、これで五分だ。

・・「双方の実力が同じだとしたら」・・

知略に長けた師、マテリア

力と人間離れした身体能力の弟子、ロディ

知略と言った所で、マテリアは海兵隊並の戦闘能力を持っている

・・つまり、頭がないぶんロディの方が不利になるという事


しかし、思いもよらない奇策を、ロディは使った


「・・・・」


レイノスを、放り投げる

銃を持たず、ロディは師に教えられた格闘術の、独特の構えに入る


「銃を持った相手に拳で挑むか・・騎士道精神は命のやりとりには不要だと言った!!


少し離れた位置から駆け込んでくるロディに、マテリアのレイノスが立て続けに火を噴く

・・しかし「人間離れした」と言った通り、ロディはその弾丸をあっさりとかわしてくる

再び交差した時、ロディはマテリアのレイノスを勢いよく蹴り上げた

得物が飛ばされた・・その事実を彼が確認する一瞬を突いて、ロディの拳がマテリアの顔に迫る・・

が、すんでの所で受け止められてしまう


「・・確かに私の立ち位置は崖の前だ」

「・・ああ、ブン殴りゃ景気よく飛ぶぜ」

「・・殴れれば・・な」


残念だったな、と言いかけたマテリアの耳に、ひゅっ・・という空気を切り裂く音が聞こえた

ごがっ!!!


「な゛っ・・・!?」


余裕の笑みが、崩れた

ロディの拳を止めてすぐ、彼が手に握った何かのボタンを押したのはわかったが・・まさかそれが・・


ぐら、とのめり、崖に落ちるマテリア

しかし、すんでの所で計ったように、ロディの手が彼の手を掴み、止める


「・・レイノスの形状考案は俺だぜ?・・自分で改造できる銃にするだろ、普通♪」

「・・ワイヤーを巻き取って引き寄せるとは・・」


ロディのレイノスの握りについていた「ワイヤー」

握りから引っ張って、先端にあるボタンを押すと勢いよく巻き取られる仕組みになっている

・・そのワイヤーを使って、ロディはレイノス自体をロケットのようにマテリアにぶつけたのだ


「・・相手の武器を見極めろ、って言ったじゃんかよ・・」

「自信過剰になっていたのは私のようだな」


・・得意気に話していたロディの言葉を、マテリアのいつになく真面目な言葉が遮った


「・・合格だよロディ、君はやはり最高の戦士になれる」

「へへっ♪・・そーだろ?・・さぁてお師匠、合格祝いにぱーっと・・」

「何を言っている?」


ロディが凍り付いた

マテリアはやはり、いつもの笑みを浮かべてはいない


「・・け・・決着はついただろ!?」

「どちらかを殺すまで、そう言ったハズだが?・・・私の手を離せば、それで合格という話をしただけだ」

「お師匠・・!!!」


ロディは強情な意見に怒りがこみ上げてくるが、彼が一瞬いつもの笑顔に戻ったのを見て・・油断した


刹那


・・・・・


「改めて、合格だ、ローディス=スタンフォード!!」

「ま・・マテリア師匠!!!」



ロディは絶叫する間も、なかった

絶壁の下は遙か彼方・・・遠く地平線のように見える

手を伸ばしたまま、ロディは師の姿が地平線に飲み込まれていくのを見ていた


「・・・・・・・・・・・・」


しばらくして、ようやく涙がこみ上げてきた

・・泣くまでのその間の長さに、自分が無神経なのではないかと笑いもこみ上げてくる


「・・俺は・・・・・・・・」


泣いて絶叫するロディの傍らには、師の落としたレイノスが転がっていた

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